内柴容疑者逮捕に思う

思うことが2つあります。
まず1つ目。アスリートというのは、一度結果を出すと世間でものすごく持ち上げられる。それが生まれ持った才能であっても、努力の結果であっても。そして、多くの場合はその人間性も大きく評価される。生い立ちやそれまでの人生が、やけに美しく興味深いものとして伝えられる。だけど、言うまでもなく「才能」と「人間性」は別のものです。自分が中学の時の部活の顧問の言葉で、ずっと頭から離れないものが1つあって、それは「スポーツが上手いとか、そんなことよりも人間としてもっと大事なものがある」と。部の中で陰湿なイジメじみたことが起きたときの台詞なんですが。才能や、スポーツに対する姿勢とか努力とか、そういったことへの評価とは別に、人間としての姿という一番大事なものがあるんだよ、と。
2つめ。こんな感じでバッシングを受けて、世間における地位を落としていく有名人は大勢います。「転落」ということばが浮かぶような。でも・・・。1人の人間の中にはいろんな物が同居していて、例えばその人が過ちを犯したとしても、その人の全てを否定するのは違うでしょう。その人を構成する要素ってのはいろんなものからできていて、良い面も悪い面もあって当たり前なのだ。これまでは良い面しか見えていなかったものが悪い面も見えるようになってしまうと、途端にバッシングを受けるけど、良い面があるという事実は消えるもんじゃない。そして悪い面は今回いきなり湧いてきたのではなく、以前から変わらずあったに決まっているのに。
1つのエピソードや事例だけを切り取って人を判断することはできない。でも、なるべく人の良い面を見つけて生きていきたい・・・と、みんな思っているはずなんだけど。報道というのは、悪い面を探したがるもんです。